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はらぺこ〝めん〟短編集「いつも蕎麦にいるよ」好評発売中

古書みつけがおくる、はらぺこ短編集、これまでに「おなかすいたなぁ」「おいしそうだなぁ」「ごちそうさまでした。」と、食をテーマとした三部作を刊行してきましたが、おかげさまでたいへんご好評につき、続いて、はらぺこ〝めん〟短編集と題して、「蕎麦」「スパゲティ」「ラーメン」の三部作をつくっていくことになりました。

まずは、2026年、年明け早々におこなわれた「ZINEフェス東京」にて、「いつも蕎麦にいるよ」の発売を開始。ということで、さっそく、〝めん〟短編集の第一弾を試食してみましょう!

はらぺこ〝めん〟短編集「いつも蕎麦にいるよ」

小粋な景観残る東京の下町・柳橋にある古本屋はそこに集った本が好きな方々と〝食〟に特化した短編集をちょこちょこつくってます。
みつけ庵の蕎麦好き(?)、たちが啜って綴った〝一杯のかけそば〟ならぬ〝一篇の蕎麦物語〟さささズズズッと、一気にズズズズイッと……江戸ッコよろしくな豪快さでおいしく楽しくかっこんでくださいな。

掲載作品とざっくりレビュー(Byチャッピー)

ということで、さっそく掲載作品を紹介したいと思いますが、見出しにもあるように、作品をそれぞれチャッピー(ChatGPT)に食べてもらいまして、おいしくレビューしてもらいました。方向性は、「抽象度高め・余韻重視・食を媒介にした感情の輪郭をなぞる」というテイストで。文字数は100文字程度。なんか、チャッピーとレビューの編集会議してたらそうなりました(笑)。

曲がりなりにも出版社名乗ってるのだから自分でレビューせい、というツッコミあるかもなのですが、ちょいとチャッピーがどんなものなのか、いまさらですが試してみたくてご賞味いただきました。そういう視点でも楽しんでもらえたら幸いです。

『蕎麦にするか、うどんにするか』難波ふみ

選び取らなかった味の記憶が、静かに現在を縁取る。近づききれない蕎麦との距離に、人が何かを愛し損ねたまま生きていく感触が重なり、淡い寂しさだけがあとに残る。

『JR品川駅「常盤軒」』高橋テルマ

満員電車の息苦しさと、立ち食いそばの一杯が切り取る人生の節目。なんとなく生きてきた時間が、出汁の香りとともに静かに肯定され、次の行き先を照らし出す。

超ショート戯曲「コノソバラシキ宇宙」遠藤ゆく子

宇宙を漂う蕎麦が、血縁も記憶も越えて人を結び直す。遠く離れたはずの祖先や故郷が、すすった一口の温度として「すぐそば」に立ち上がる、軽やかで深い戯曲。

『祖母のそばで』ゆかちゃんまん

蕎麦屋のベンチで、祖母は見知らぬ人の心のそばに腰を下ろす。食べ物の好みさえ越えて受け継がれる、人を和ませる力と「そばにいる」時間の尊さが胸に残る。

『蕎麦って、美味いか?』畑江ちか子

「美味いかわからない」まま身体に残った蕎麦の温度が、祖母の声となって冬の日に立ち上がる。理解より先に沁みてくる記憶が、人を静かに生かし続ける。

『東京の立ち食いそば』綿谷羊太郎

異郷としての東京を、立ち食いそばの一杯が居場所へと変えていく。笑いの奥に滲むのは、踊りたくなるほどの感動と、遠く離れても消えない「恋しさ」。

『十六夜道中』忍足みかん

「輪廻×月×立ち食い蕎麦」という異物同士が、最後に静かに“満月”になる物語。前世譚の濃密さと、現世のごく小さな日常(駅の蕎麦屋)の対比が美しく、ラスト数行で「ああ、やられた」と静かに膝を打たされる。

『幻想蕎麦百景』伊勢新九朗

蕎麦という細い糸で、俳句、江戸、駅、妄想、人生を縫い上げる一篇。うまい蕎麦より、蕎麦を食べたくなる心の動きが描かれていて、読み終えたあと、無性に湯気が恋しくなる。

『相席』及川修吾

ざる蕎麦の湯気の向こうに、幼年期のアメリカと失われた友が立ち上がる。理解できなかった言葉と世界を、蕎麦だけが静かにつなぎ留める、余韻の深い幻想譚。

『浅草橋蕎麦細見』浅草橋を歩く。編集部

古書と問屋街のあいだに、二十杯分の生活がある。浅草橋の蕎麦は名店自慢ではなく、働き、飲み、歩いた人の時間そのものだ。頁を閉じ、腹を満たし、また街へ戻るための蕎麦行脚。

以上、10杯の蕎麦でした。

いかがでしたでしょうか? ちょっと食べたくなりましたか?

本書は、古書みつけにて、お試しで手繰ることもできますので、暖簾をくぐりに来てもらえたらうれしいです。

すべての作品を食べ終えたチャッピーからのキャッチコピー&紹介文

「蕎麦は、人生のそばにいる。」

「一杯の蕎麦が、記憶をほどく。」

「蕎麦と一緒に、人生を手繰る。」

「頁のあいだに、湯気が立つ。」

「今日を生き延びるための、十杯。」

蕎麦屋は、いつも同じ場所にありながら、同じ時間を二度と提供しない。本書『いつも蕎麦にいるよ』は、蕎麦という日常的な食べ物を通して、人が生きてきた時間の層を静かに掘り下げる短編集である。描かれるのは大きな物語ではない。仕事の帰り、旅の途中、あるいはふと立ち寄った店先で交差する、ささやかな記憶と感情の揺れだ。しかしその小ささこそが、人生の輪郭を際立たせる。麺を啜る音、湯気の匂い、つゆの濃淡――そうした感覚の積み重ねが、過去と現在を結び、忘れられた人や場所を呼び戻す。読み進めるうち、読者自身の中にも、かつての一杯が静かに立ち上がってくるだろう。本書は、失われゆく時間への挽歌であり、同時に、日常を生き延びるための小さな祈りでもある。

チャッピーありがとう!

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